2024年05月19日
『木下元氏の日常』あいうえおSS「き」
あいうえおSS「き」
あいうえおSSとは、物語の始まりが五十音順というものです。
私が鍛錬のためにやっていることです。
五十音順に始める。
ジャンルはSNSにアップできる内容で。
このルールでやってみます。
感想をいただけると喜びます。
エブリスタでも同じものをアップしています。
***
『木下元氏の日常』
木下元の一日はまことにもって整然としている。
午前9時の始業に合わせて8時45分に会社到着し、社員通用口のタイムカードを押す。タイムカードには見事に8時45分の数字が並んでいる。過去に一度だけど電車の遅延で大遅刻したことがあり、密かに悔しがっているのを知っている。
5階にある総務部に階段を使って行く。二段飛ばしで上って約5分。8時50分に総務部到着。誰もいない総務部のブラインドを上げ、デスクに着くと今日すべき事を書いたメモを確認する。
「おはようございます」
パソコンを立ち上げたところで次々と同僚が出社してくる。
「おはようございます、佐々木さん。村上さん」
挨拶はきっちり相手を見て名前を添える。感情を表現できないのを地味に気にしているのを知っている。
淡々と業務をこなしていると、あっという間にお昼時間だ。
「お疲れ様です。お昼休みに入ります」
木村元の生真面目さはここでも発揮される。
「お疲れー。俺たち外に食べに行くけど、たまにはどう?」
「申し訳ありません。今日はお弁当を持ってきました」
「自分で作ってるんでしょ、えらーい」
総務部のアイドル(自称)白川茉莉奈が大袈裟に褒めても「恐縮です」の一言。媚び媚び女にもいつも通りの対応。いいぞ。
午後もつつがなく過ぎてゆく。と言ってもその日その日でイレギュラーが発生するのだが、それも木村元は慌てる様子はない。イレギュラーすらも想定済みなんだと思う。なんだかんだバタバタと一日が終わる。午後6時。
「お疲れ様でした」
木村元は6時きっかりに荷物をまとめ、席を立つ。
「何かお手伝いすることはありますか」
まだデスクに向かっている同僚に声をかける。人は人かと思いきや気遣いがあるところは尊敬する。
「今作ってる資料、明日の朝イチに必要でー。でもワタシこの後外せない用事があってー」
総務部のアイドル(自称)白川茉莉奈がいかにも困ったという顔で言った。任された作業が逼迫しているというのに呑気にランチに行き、休憩からなかなか戻ってこないなどいかがなものかという雰囲気が部署内に満ちる。が、木村元は動じない。少し考えて提案した。
「私もこの後私用があるのですが、6時半まではお手伝いします」
白川の責任のもとで手伝いはするがあくまでも自分の予定の前までというのがいい。白川は口を尖らせて、じゃあここまでお願いしますと言った。
「田中さん。今日のレシピは素晴らしかったですね」
料理教室を終え、私、田中ひかりは駅近のカフェで木村元とコーヒーを飲んでいる。午後9時。
「だね。鯖の味噌煮って苦手意識あったけど、今度から自信を持って作れるわー」
「そうですね。やはり先生は最高です」
料理教室の先生を賞賛していても木村元の表情は動かない。だがしかし、それは仕方がないことだ。
「田中さん、私、かなり地球の味に慣れてきたと思います。このところ何をいただいても美味しいのです」
「最近納豆にハマってたもんね」
「はい。最初はどうして地球人はあのようなものを嬉しそうに食べるのかと思いましたが、安くて栄養価が高いというのは魅力的です」
「みんなじゃないけどね。そして必ずしも効率だけじゃないかなー」
「そうなのですか」
「別腹とかそうじゃん」
「非効率的ではありませんか。料理教室に通うのは効率よく調理し、かつ美味しく栄養を摂取するためではないのですか」
「美味しさを追求したらハイカロリーになってしまうことだってある。健康を追求したら美味しさを諦めないといけないこともある。体に悪いかもと思ってもビールと唐揚げ、コーラとピザ至高ってことあるでしょ」
「なるほど。無意味な行動もまた必要なのですね」
木村元は真面目に頷く。
「無意味ではない。満足するじゃん?」
「母星ではなかった食事に対する新しい概念です」
木村元は宇宙人だ。何億光年も離れた星から一人やってきたという。すわ地球侵略かと思ったが、単に生まれ育った星に飽きての引っ越しだそうだ。宇宙人にも変わり者はいるとわかった。
「寂しくないの……」
つい口に出してしまった。木村元を見る。
「田中さんと出会ってもう589日ですね」
「こういう時は随分経ったねでいいの」
「宇宙船から出てくるところを見られてしまうとは」
「あの時は流石に自分の目を疑ったわ」
本来の姿は地球人とかなり違うらしいが教えてくれない。
「見つかったのが田中さんでよかったです。末長くよろしくお願いします」
真顔でプロポーズのようなセリフを吐いた。木村元が笑っているような気がした。
了
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あいうえおSSとは、物語の始まりが五十音順というものです。
私が鍛錬のためにやっていることです。
五十音順に始める。
ジャンルはSNSにアップできる内容で。
このルールでやってみます。
感想をいただけると喜びます。
エブリスタでも同じものをアップしています。
***
『木下元氏の日常』
木下元の一日はまことにもって整然としている。
午前9時の始業に合わせて8時45分に会社到着し、社員通用口のタイムカードを押す。タイムカードには見事に8時45分の数字が並んでいる。過去に一度だけど電車の遅延で大遅刻したことがあり、密かに悔しがっているのを知っている。
5階にある総務部に階段を使って行く。二段飛ばしで上って約5分。8時50分に総務部到着。誰もいない総務部のブラインドを上げ、デスクに着くと今日すべき事を書いたメモを確認する。
「おはようございます」
パソコンを立ち上げたところで次々と同僚が出社してくる。
「おはようございます、佐々木さん。村上さん」
挨拶はきっちり相手を見て名前を添える。感情を表現できないのを地味に気にしているのを知っている。
淡々と業務をこなしていると、あっという間にお昼時間だ。
「お疲れ様です。お昼休みに入ります」
木村元の生真面目さはここでも発揮される。
「お疲れー。俺たち外に食べに行くけど、たまにはどう?」
「申し訳ありません。今日はお弁当を持ってきました」
「自分で作ってるんでしょ、えらーい」
総務部のアイドル(自称)白川茉莉奈が大袈裟に褒めても「恐縮です」の一言。媚び媚び女にもいつも通りの対応。いいぞ。
午後もつつがなく過ぎてゆく。と言ってもその日その日でイレギュラーが発生するのだが、それも木村元は慌てる様子はない。イレギュラーすらも想定済みなんだと思う。なんだかんだバタバタと一日が終わる。午後6時。
「お疲れ様でした」
木村元は6時きっかりに荷物をまとめ、席を立つ。
「何かお手伝いすることはありますか」
まだデスクに向かっている同僚に声をかける。人は人かと思いきや気遣いがあるところは尊敬する。
「今作ってる資料、明日の朝イチに必要でー。でもワタシこの後外せない用事があってー」
総務部のアイドル(自称)白川茉莉奈がいかにも困ったという顔で言った。任された作業が逼迫しているというのに呑気にランチに行き、休憩からなかなか戻ってこないなどいかがなものかという雰囲気が部署内に満ちる。が、木村元は動じない。少し考えて提案した。
「私もこの後私用があるのですが、6時半まではお手伝いします」
白川の責任のもとで手伝いはするがあくまでも自分の予定の前までというのがいい。白川は口を尖らせて、じゃあここまでお願いしますと言った。
「田中さん。今日のレシピは素晴らしかったですね」
料理教室を終え、私、田中ひかりは駅近のカフェで木村元とコーヒーを飲んでいる。午後9時。
「だね。鯖の味噌煮って苦手意識あったけど、今度から自信を持って作れるわー」
「そうですね。やはり先生は最高です」
料理教室の先生を賞賛していても木村元の表情は動かない。だがしかし、それは仕方がないことだ。
「田中さん、私、かなり地球の味に慣れてきたと思います。このところ何をいただいても美味しいのです」
「最近納豆にハマってたもんね」
「はい。最初はどうして地球人はあのようなものを嬉しそうに食べるのかと思いましたが、安くて栄養価が高いというのは魅力的です」
「みんなじゃないけどね。そして必ずしも効率だけじゃないかなー」
「そうなのですか」
「別腹とかそうじゃん」
「非効率的ではありませんか。料理教室に通うのは効率よく調理し、かつ美味しく栄養を摂取するためではないのですか」
「美味しさを追求したらハイカロリーになってしまうことだってある。健康を追求したら美味しさを諦めないといけないこともある。体に悪いかもと思ってもビールと唐揚げ、コーラとピザ至高ってことあるでしょ」
「なるほど。無意味な行動もまた必要なのですね」
木村元は真面目に頷く。
「無意味ではない。満足するじゃん?」
「母星ではなかった食事に対する新しい概念です」
木村元は宇宙人だ。何億光年も離れた星から一人やってきたという。すわ地球侵略かと思ったが、単に生まれ育った星に飽きての引っ越しだそうだ。宇宙人にも変わり者はいるとわかった。
「寂しくないの……」
つい口に出してしまった。木村元を見る。
「田中さんと出会ってもう589日ですね」
「こういう時は随分経ったねでいいの」
「宇宙船から出てくるところを見られてしまうとは」
「あの時は流石に自分の目を疑ったわ」
本来の姿は地球人とかなり違うらしいが教えてくれない。
「見つかったのが田中さんでよかったです。末長くよろしくお願いします」
真顔でプロポーズのようなセリフを吐いた。木村元が笑っているような気がした。
了
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Posted by ぱな87 at 18:39│Comments(0)
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