2025年02月03日
『今度また』あいうえおSS「こ」
あいうえおSSとは、物語の始まりが五十音順というものです。
私が鍛錬のためにやっていることです。
五十音順に始める。
ジャンルはSNSにアップできる内容で。
このルールでやってみます。
感想をいただけると喜びます。
「書くことブロブ・すぎすぎ屋」、エブリスタでも同じものをアップしています。
***
あいうえおSS『今度また』
婚活における「今度また」は永遠に来ない。「今度」とは近い未来を指しているのではなく、いつ来るかわからない未来を延々と先送りするための実に使い勝手の良い言葉だ。はっきり断るのは角が立つ。かといってはっきり約束はしたくない。
今回もそうだと思っていた。
「こんにちは! 迷いませんでした?」
佐野由奈が少しまごつきながら改札を出ると、すぐ声をかけられた。声の方向を見ると鷹山親志が小走りで近づいてくるところだった。濃紺のパーカーの上に濃紺の羽織を引っ掛け、黒のデニム、足元はスニーカー。和洋ミックスの装いに少々驚いたが、お見合い1回目のスーツ姿より鷹山にとても馴染んでいる。由奈は眩しいものを見るように目を細めた。
「いえ。鷹山さんが前もって教えてくれたので大丈夫でした」
鷹山はホッとした顔を見せる。
「今日は呼びつけてしまってすみません」
「いえ。声かけてもらわなかったらダラダラ正月番組見てただけですから」
「帰省してるかもって思ったんですが、思い切って声かけて良かったです」
由奈に向けた笑顔が少し緊張している。なんだか胸がくすぐったい。
「今日行く所は地域の神社で特に有名ではないんですけど、とても落ち着くというか」
「はい」
気づくと鷹山の歩みに合わせて歩き始めていた。
「氏子でもないんですけど、いつも節目節目に立ち寄っているんです。なんか境内の澄んだ空気に触れていると情報が整理できるというか」
鷹山の仕事からすると、そういう時間は必要かもしれないと由奈はぼんやり思った。鷹山は製薬会社の研究員をしているそうだ。
ポツポツ話しながら小さな商店街を抜け、そう長くはない石段を登り、商店街が運営しているらしい可愛らしい出店を見ながら鳥居をくぐる。拝殿前でお賽銭を投げ入れると、ふと何を願おうかと思った。
仕事、健康、趣味はまあまあ充実している。目下の懸念事項といえば結婚……だけど。
由奈は横にいる鷹山をチラと盗み見た。真剣な表情で手を合わせている。
鷹山さんは多分少なからず私に好意を持っている……と思う。じゃあ私は?
婚活サイトを通して面会の申し込みをしてきたのは鷹山の方だった。2.5次元と書けずに舞台鑑賞と書いた趣味に「趣味が同じだから気が合うかもしれない」と言ってきた気まずさったらなかったが、話してみると鷹山はヒーローショーオタクだった。ジャンルは違えど好きなものを語り合える楽しさはあった。真面目だが適度にユーモアもある。見た目も清潔感があって生理的に受け付けないということもない。今の所。だが、なんとなく流れで就職し、親がうるさいという理由で婚活サイトに登録するような由奈が、真剣に婚活している鷹山に釣り合うとは思えないのだ。
結局、無病息災頑張りますという無難な決意表明をし、拝殿を後にした。
「はい」
鷹山が甘酒を差し出した。
「ありがとうございます」
ほんのりした甘さが口に広がる。少し生姜が入っているようだ。
「この甘酒、神主さんの手作りでここの名物なんです。生姜がいい感じで」
「確かに。ホッとします」
「ですよね! あ……今日誘ったのはこれを飲んでもらいたくて」
「ああ、はい」
「その……来年も、再来年も……これからずっと一緒に一年の初めにこの甘酒飲めたらなって思っていまして」
鷹山は真っ赤になっている。甘酒を持つ手が少し震えていた。
「なんで?」
急展開につい遠慮ない言葉遣いになった。だって2回しか会っていないのだ。それなのになぜプロポーズめいたことが言えるのか。
「……お箸の使い方が綺麗だったから」
「お、お箸ですか⁈」
「お箸です。別にマナーに厳しい訳ではないんですけど、佐野さんの食べ方がとても綺麗で。丁寧な人なんだなって。俺、こうしたところに人間性が出ると思うんです。それが全てとは思いませんけど、毎日毎日向き合って食事するなら佐野さんみたいな人とだったらいいなって思ったんです」
そこまで一気にいうと、ハッとした顔になった。
「うわ……俺、なんだか妄想が過ぎて気持ち悪いですね」
鷹山は青くなったり赤くなったりしている。
あ。なんか可愛い。
そんな風に思ったらもうそれは特別だ。由奈は鷹山に右手を差し出した。
「まずは来週の土曜日に推しのコンセプトカフェ、つき合ってもらえます? 来年のお正月を目指して」
鷹山がパッと顔を上げた。言葉が渋滞し、鯉のように口をぱくぱくしている様子がおかしくて思わず吹き出してしまう。
由奈の手を握りながら鷹山が「一生分の勇気を出して良かった」と呟いた。
了
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私が鍛錬のためにやっていることです。
五十音順に始める。
ジャンルはSNSにアップできる内容で。
このルールでやってみます。
感想をいただけると喜びます。
「書くことブロブ・すぎすぎ屋」、エブリスタでも同じものをアップしています。
***
あいうえおSS『今度また』
婚活における「今度また」は永遠に来ない。「今度」とは近い未来を指しているのではなく、いつ来るかわからない未来を延々と先送りするための実に使い勝手の良い言葉だ。はっきり断るのは角が立つ。かといってはっきり約束はしたくない。
今回もそうだと思っていた。
「こんにちは! 迷いませんでした?」
佐野由奈が少しまごつきながら改札を出ると、すぐ声をかけられた。声の方向を見ると鷹山親志が小走りで近づいてくるところだった。濃紺のパーカーの上に濃紺の羽織を引っ掛け、黒のデニム、足元はスニーカー。和洋ミックスの装いに少々驚いたが、お見合い1回目のスーツ姿より鷹山にとても馴染んでいる。由奈は眩しいものを見るように目を細めた。
「いえ。鷹山さんが前もって教えてくれたので大丈夫でした」
鷹山はホッとした顔を見せる。
「今日は呼びつけてしまってすみません」
「いえ。声かけてもらわなかったらダラダラ正月番組見てただけですから」
「帰省してるかもって思ったんですが、思い切って声かけて良かったです」
由奈に向けた笑顔が少し緊張している。なんだか胸がくすぐったい。
「今日行く所は地域の神社で特に有名ではないんですけど、とても落ち着くというか」
「はい」
気づくと鷹山の歩みに合わせて歩き始めていた。
「氏子でもないんですけど、いつも節目節目に立ち寄っているんです。なんか境内の澄んだ空気に触れていると情報が整理できるというか」
鷹山の仕事からすると、そういう時間は必要かもしれないと由奈はぼんやり思った。鷹山は製薬会社の研究員をしているそうだ。
ポツポツ話しながら小さな商店街を抜け、そう長くはない石段を登り、商店街が運営しているらしい可愛らしい出店を見ながら鳥居をくぐる。拝殿前でお賽銭を投げ入れると、ふと何を願おうかと思った。
仕事、健康、趣味はまあまあ充実している。目下の懸念事項といえば結婚……だけど。
由奈は横にいる鷹山をチラと盗み見た。真剣な表情で手を合わせている。
鷹山さんは多分少なからず私に好意を持っている……と思う。じゃあ私は?
婚活サイトを通して面会の申し込みをしてきたのは鷹山の方だった。2.5次元と書けずに舞台鑑賞と書いた趣味に「趣味が同じだから気が合うかもしれない」と言ってきた気まずさったらなかったが、話してみると鷹山はヒーローショーオタクだった。ジャンルは違えど好きなものを語り合える楽しさはあった。真面目だが適度にユーモアもある。見た目も清潔感があって生理的に受け付けないということもない。今の所。だが、なんとなく流れで就職し、親がうるさいという理由で婚活サイトに登録するような由奈が、真剣に婚活している鷹山に釣り合うとは思えないのだ。
結局、無病息災頑張りますという無難な決意表明をし、拝殿を後にした。
「はい」
鷹山が甘酒を差し出した。
「ありがとうございます」
ほんのりした甘さが口に広がる。少し生姜が入っているようだ。
「この甘酒、神主さんの手作りでここの名物なんです。生姜がいい感じで」
「確かに。ホッとします」
「ですよね! あ……今日誘ったのはこれを飲んでもらいたくて」
「ああ、はい」
「その……来年も、再来年も……これからずっと一緒に一年の初めにこの甘酒飲めたらなって思っていまして」
鷹山は真っ赤になっている。甘酒を持つ手が少し震えていた。
「なんで?」
急展開につい遠慮ない言葉遣いになった。だって2回しか会っていないのだ。それなのになぜプロポーズめいたことが言えるのか。
「……お箸の使い方が綺麗だったから」
「お、お箸ですか⁈」
「お箸です。別にマナーに厳しい訳ではないんですけど、佐野さんの食べ方がとても綺麗で。丁寧な人なんだなって。俺、こうしたところに人間性が出ると思うんです。それが全てとは思いませんけど、毎日毎日向き合って食事するなら佐野さんみたいな人とだったらいいなって思ったんです」
そこまで一気にいうと、ハッとした顔になった。
「うわ……俺、なんだか妄想が過ぎて気持ち悪いですね」
鷹山は青くなったり赤くなったりしている。
あ。なんか可愛い。
そんな風に思ったらもうそれは特別だ。由奈は鷹山に右手を差し出した。
「まずは来週の土曜日に推しのコンセプトカフェ、つき合ってもらえます? 来年のお正月を目指して」
鷹山がパッと顔を上げた。言葉が渋滞し、鯉のように口をぱくぱくしている様子がおかしくて思わず吹き出してしまう。
由奈の手を握りながら鷹山が「一生分の勇気を出して良かった」と呟いた。
了
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Posted by ぱな87 at 10:52│Comments(0)
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